Nateの英語学習ブログ

CEFR C2 を目指す英語学習者のブログ

10代で留学したかった

月並みなエントリ。

 

今でこそ海外に住み海外で働いているが、私には留学経験がない。かつては、いわゆる純ジャパ・純ドメ*1であった。今この年齢になっても未だに強く後悔していることは「10代のうちに留学したかった」ということである。もっと具体的に言うと「英語圏の大学に進学したかった」である。理由をだらだら並べてみる。

 

まず、10代のうちにマイノリティになる経験をし、自国に対する理解を深める契機としたかった。これの有無によって20代の豊かさが大きく異なったのではないかと思っている。私の個人的な例だけなのかもしれないが、日本に住んでいる限り自身がマイノリティになる経験はほとんどない。また、自国について真剣に考える機会も同様に少なかった。仕事を通じて外国人と接する機会はあったが(そのような職を希望したこともある)、日本語でのコミュニケーションが前提として存在しているものであったため、自身がマイノリティであると感じたこともなければ、自国に対する理解を深める必要性と向き合うこともなかった。今、海外で暮らし、マイノリティの日本人として社会に放り出されて、自らの多様性と自国への理解の欠如を痛感している。

 

次に、自分の英語力に対する危機感をもっと早く全身で体感したかった。留学をすれば、必然的にコミュニケーションができないといけない。読み聞きのレベルも就職活動で求められるレベルでは足元にも及ばないほどに求められる。英語圏の学生であれば、分厚い教科書を読まなければいけない、論文を書かなければいけない、講義を理解しないといけない、そして、議論に参加しなければいけない。どれをとってもエクストリームなスポーツであり、その中で生きていく自身の英語力の不足を体感し理解できていただろう。危機感の持つモチベーションは考えられないほど強く、英語学習の大きなドライバーになっていたことは間違いない。

 

最後に、外国人にも通じる学歴が欲しかった。日本の大学のネームバリューはゼロに近い。あれほど苦労して大学受験をしたのにも関わらず、結果としてどの大学を卒業したとしても外国人には理解されなかったのではないかと思っている。もちろん、PhD まで取れば別なのかもしれない。さらに言えば MBA でも取ればいいのではないかと言われるかもしれない。だが、それはあくまでもプラスアルファの世界であり、自分の学生生活の結果として得られる学歴が世界では意味を持たず、「無名大学出身のくせになぜかマネージャー」という扱いを受けている今になって初めて、学歴コンプレックスが発露しているのかもしれない。

 

そんなことを思いながら、異国で生活している。いくら嘆こうが10代は戻ってくるわけではない。だから今、必死に英語学習中である。

*1:この表現にはあまり親しみはない。むしろ差別的な表現だと思っている。